百年史



昭和三十一年(1956)
昭和四十年(1965)


昭和三十一年(1956)

一月

日野草城没。

二月

「思ひ出づるままに」連載、年尾。

四月

「雑詠句評」始まる。「運河」創刊。兜太「本格俳句-その序」を「俳句研究」に書く、これより造型俳句論始まる。

五月

松本たかし没。

九月

「ゆし満」創刊。

十月

関西稽古会(堅田)。

十一月

虚子『虹、椿子物語他三篇』刊(角川書店)。

昭和三十二年(1957)

一月

「年輪」「桃杏」創刊。

五月

「芹」創刊。

十月

柳原極堂没。

十二月

『年尾句集』刊(大正五年以後の句、新樹社)。

昭和三十三年(1958)

二月

『虚子俳話』刊(東都書房)。

三月

「俳句評論」創刊。独訳『虚子俳句集』刊(東京日独協会)。

五月

「菜殻火」(朱鳥)「青」(爽波)「山火」(蓼汀)「年輪」(鶏二)四誌連合を作る。

十二月

『自選自筆短冊図譜虚子百句』刊(便利堂)。

昭和三十四年(1959)

四月

一日十時二十分、虚子脳幹部出血。八日、虚子没。立子、年尾朝日俳壇臨時選者となる。永井荷風没。

五月

虚子選「雑詠選集予選稿」、昭和二十三年三月号分で終了。安保闘争。

昭和三十五年(1960)

四月

「ホトトギス」虚子一周忌特輯。「高濱虚子執筆総目録控」連載(九月まで)。「句流」創刊。

昭和三十六年(1961)

二月

年尾選「雑詠選集予選稿」(昭和二十六年三月以降のもの)開始。野村泊月没。

十月

現代俳句協会分裂。

十二月

俳人協会設立。

昭和三十七年(1962)

一月

年尾「読者諸君へ」掲載<平明にして余韻のある句が大切>。

三月

富沢赤黄男没。

四月

「海程」創刊。西東三鬼没。

九月

『虚子選ホトトギス雑詠選集・春・夏の部』刊(新樹社)。

十月

飯田蛇笏没。「新女性俳句」創刊。

十一月

『虚子選ホトトギス雑詠選集・秋・冬の部』

昭和三十八年(1963)

三月

「菜の花」創刊。

五月

久保田万太郎、橋本多佳子没。

十一月

松尾いはほ没。

昭和三十九年(1964)

一月

年尾「読者諸君へ」で<深は新なり>。

四月

三好達治没。

七月

「鷹」創刊。

九月

年尾・立子選虚子『七百五十句』刊。(日本現代文学全集25)。

十月

松根東洋城没。

昭和四十年(1965)

八月

真下喜太郎没。


昭和三十一年(1956)
昭和四十年(1965)